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コーランには本当は何が書かれていたか?

編集者をしている友人のKさんがFacebookで紹介していて早速購入してきた.保守論壇も革新論壇も共に劣化が著しい昨今,文藝春秋が出版したということにも大変意義があると思います.価格も安いです.威勢のいいことを言っているネット右翼(ネット保守)の皆さんにもぜひ読んで欲しい.先の大戦は西欧列強の植民地支配からアジアを解放するための戦いだったと考え,そこに日本人としての誇りを見いだしている方にもぜひ読んでいただいて,現在においても東洋が置かれている状況を今一度考えて欲しい.私は日本人の思考というのは保革を問わずイスラムを一方的に悪としないものであると思う.今,イスラムが恐いとか悪だと思っている日本人は,コーランを間違って教えられている一部のイスラム教徒と同じ状況に置かれているのだと思う.殆どの日本人は保革を超えて戦争なんてしたくないと思っていると思う.世界中で西欧とイスラムの間に入って平和的解決の努力が出来る国は日本しかないと私は思っています.日本人は読むべき本だと思います.

【目次】

■序章 楽園に72人の乙女はいない
死ねば、楽園の72人の乙女たちが待っている。自爆テロ犯はそう信じる。しかし、友人のアクラムとともにコーランを学び始めると、そのようなことは一言も書いていないことがわかる。1年に及ぶその旅路を記そう。

第一部 起源を探る

■第1章 「不穏」な三行
イスラム教徒が毎日17回唱える「開端章」。その最後の3行を、宗教間の敵意を煽るものだと解釈する人がいる。だが、それはその後の章句を無視した、間違った読み方である。イスラム教は協調をこそ重視しているのだ。

■第2章 狂信者はどこにいるのか?
私がコーランを読むことにしたきっかけに、タリバン政権の高官を取材したときの経験がある。彼らは西洋人と何ら変わらない、〝普通の〟人たちだった。イスラム教徒と西洋人は、決して対峙しあう存在ではないのだ。

■第3章 ムハンマドの虚像と実像
「歩くコーラン」と呼ばれたムハンマドの言動は、事細かに記録され、広く参照されている。それを読めば、彼がどのように性行為をしたかまでわかるのだ。彼は決して、人々に何かを強制的に信じさせることはなかった。

■第4章 マドラサでコーランを学ぶ
イスラム学を教える学校、マドラサは9・11以降、過激主義者の温床とみなされてきた。私はその現状を知るため、アクラムが建てたマドラサを訪ねた。彼は、誤った伝統を変えるためには、教育が必要だと考えていた。

■第5章 ユースフの物語
旧約聖書のヨセフに当たるユースフ。コーランにおける彼の物語はあまりにも生々しく、女性がその章を読むことを禁じたイスラム学者さえいるほどだ。だがアクラムは、コーランを読むのに性別の制限はないと喝破する。

第二部 女性の闘い

■第6章 男と女は違うのか?
「預言者ムハンマドは、女性と男性の扱いを変えるような人が好きではない」。ムハンマドは息子を膝のうえに座らせ、娘を地面に座らせた男を厳しく叱責したという。アクラムも自身の六人の娘に熱心に教育を受けさせる。

■第7章 歴史に埋もれた9000人の女性たち
イスラム教の形成期には、膨大な数の女性学者たちが活躍していた。イスラム教は言わば、女性によって作り上げられた宗教だったのだ。だが、その事実は多くの男たちによって、歴史の片隅に意図的に隠されてきた。

■第8章 ムハンマドが最も愛した少女
ムハンマドの妻の中でも、わずか9歳でムハンマドと結婚したアーイシャの存在は、イスラム教を誹謗する人たちから小児性愛と攻撃される。が、アクラムはアーイシャが成人したのちに軍をも指揮したことを指摘する。

■第9章 イスラム教と性
イスラム教においてセックスは祝福であり、前戯の必要性まで説かれている。一方で、同性愛は認められていない。それは一見、時代錯誤にも思えるが、保守的なキリスト教徒もまた、未だ同性愛は認めていないのだ。

■第10章 「女性章」を読む
「女性章」は、女性に対して暴力を振るうことを認めているとイスラム教を攻撃する人は言う。たしかにこの章は女性を抑圧することに利用されたが、女性の相続を初めて認めるなど、コーランは本来、開明的なのだ。

第三部 政治と信仰

■第11章 コーランのイエス・キリスト
イエスは預言者の1人としてコーランに登場する。イスラム教徒もまた、イエスのメッセージに耳を傾けているのだ。だが、彼らにとってイエスは神の子ではなく、十字架にも掛けられていないと考えられている。

■第12章 異文化といかに向き合うべきか?
そもそもイスラム教は、ユダヤ教やキリスト教との共生を前提にした宗教だった。ムハンマドも異教徒への中傷を厳しく禁じ、彼らとの関係構築に苦心した。最初のイスラム国家でも、宗教間の不可侵は保証されていた。

■第13章 イスラム教と正義
圧政に対し、イスラム教徒はいかに行動するべきか。クーデターを起こした軍に、兄を拘束された女性。イスラム教徒は正義のためであっても戦ってはならない、と語るアクラムの言葉を、彼女は受け入れられるのか。

■第14章 ビン・ラディンも引用した「剣の章句」
「多神教徒たちを見出し次第殺せ」と語る一節は、対外戦争を支持するイスラム教徒に利用されてきた。しかし、この章句にはとても重要な続きがある。また、アクラムはジハードを行なうには、2つの条件があると語る。

■第15章 死と来世
コーランは、不信心者は地獄に堕ちると語る。では、イスラム教徒ではない私は、死後どうなってしまうのか。1年間に及ぶ授業、その最後のテーマは「死」だった。1週間後、私は「母が亡くなった」と知らせを受けた。

■終章 多様性を受け入れる
アクラムの視点から世界を眺めたことで、私は自分という人間の輪郭を知ることができた。コーランの根本には、「差異を理解する」という価値観がある。イスラム教徒たちは、そこに繰り返し繰り返し還っていくのだ。

文藝春秋. “コーランには本当は何が書かれていたか?”. 読みたい本が、きっと見つかる!HONZ. 2015-11-20. http://honz.jp/articles/-/42071, (参照 2015-11-23).

株式会社文藝春秋. “コーランには本当は何が書かれていたか?”. 文藝春秋BOOKS. http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163903385, (参照 2015-11-23).

追記:本書の参考文献で翻訳書があるもの.

  • ライラ・アハメド. イスラームにおける女性とジェンダー: 近代論争の歴史的根源. 林正雄ほか訳. 法政大学出版局, 2000, 422p., (叢書・ウニベルシタス, 670). ISBN978-4-588-00670-8.
  • ムハンマド・アサド. メッカへの道. アサド・クルバンアリー訳. 原書房, 1983, 326p., (文化史選書). ISBN4562013621.
    • 他訳もある.参考までに.
      ムハンマド・アサド. メッカへの道. 林昂訳. 筑摩書房, 1960, (世界ノンフィクション全集, 6).
  • レザー・アスラン. 変わるイスラーム: 源流・進展・未来. 白須英子訳. 筑摩書房, 2009, 400p. ISBN9784894346765.
  • トマス・カーライル. 英雄と英雄崇拝. 入江勇起男訳. 日本教文社, 388p., (カーライル選集, 2). ISBN978-4-531-02642-5.
  • ブルース・ローレンス. コーラン. 池内恵訳. ポプラ社, 2008, 260p., (名著誕生, 5). ISBN978-4-591-09951-3.
  • ファティマ・メルニーシー. ヴェールよさらば: イスラム女性の反逆. 庄司由美ほか訳. アストラル, 心泉社, 2003, 236p. ISBN4916109635.
  • サイイド・クトゥブ. イスラーム原理主義の「道しるべ」: 発禁・”アルカイダの教本”全訳+解説. 岡島稔, 座喜純訳. 第三書館, 2008, 293p. ISBN978-4-8074-0815-3.
  • バートランド・ラッセル. 宗教は必要か. 大竹勝訳. 荒地出版社, 1959, 201p.
  • エドワード・W.サイード. イスラム報道: ニュースはいかにつくられるか. 浅井信雄, 佐藤成文, 岡真理訳. 増補版, みすず書房, 2003, 234p. ISBN4-622-07032-4.
  • エドワード・W.サイード. 板垣雄三, 杉田英明編. オリエンタリズム. 今沢紀子訳. 平凡社, 1986, 424p., (テオリア叢書). ISBN4-582-74402-8.
  • ジョーン・W・スコット. ヴェールの政治学. 李孝徳ほか訳. みすず書房, 2012, 238p. ISBN978-4-622-07689-6.
  • ヴァージニア・ウルフ. 自分だけの部屋. 川本静子訳. 新装版, みすず書房, 2013, 220p. ISBN978-4-622-07773-2.