親父の思いで

荒木優太さんの著書,“これからのエリック・ホッファーのために:在野研究者の生と心得” で,吉野裕子(よしのひろこ)さんが紹介されていた.丁度,踊りに使う扇について興味があったので,吉野さんの名著,“扇:「性」と古代信仰の秘密を物語る「扇」の謎” を探して古書店をあたった.かっぱ横丁の萬字屋に再版の在庫があり(タイトルは “扇:性と古代信仰” に変わっている)早速買い求めた.

古書店に向かう道すがら,ゴールデン・ウィークの観光客でごった返す大阪駅界隈で亡父の事を思い出した.我家の家族旅行は観光地に行ったのは1度だけだった.あとはいつも親父の本屋巡りに連れ回されていた.朝から晩まで食事以外はずっと古本屋と書店を回っていた.いい時代で本屋の店主と親父が話し出すと,「まぁ,お茶でもどうぞ.」とお茶が出され,それを飲みながら本談議.終わると次の本屋に行く.私は親父が好きだったので,何だかよくわからないがついて回るのが楽しかったが,2つ下の弟は,本という文字の書かれた看板を見ると嫌がって道端にへたり込んでいた.仕方がないので母親が弟を背負い,本屋に行く.朝から晩までそれの繰り返し,それが我家の家族旅行だった.(それでも弟は司書になった.笑)

ゲームやおもちゃを買ってくれとせがんでも頑として受け付けない親父だったが,本だけは買ってくれた.曰く,「一番いいのは色々な考えを持った人と沢山会うことです.でも田舎に住んでいたら中々それは難しい.だから本を通して沢山の人と出会いなさい.」.

古書店を出て,親父とよく待合せをした喫茶店に立寄った.頼まれていた本や郵趣品を渡したり,お互いが買い求めた本を見せたりしあっていた.「面白い本だな.かせ.」「つまらん本読んでいるな.」「ほっといてくれ.」そんなことを毎回言い合いながら珈琲を飲んで別れていた.

会社に来た時も本棚をのぞき込んで,「これ,かせ.」と言って本を持って帰った.親父の死後,私がかした本は一冊も実家に残っていなくて不思議に思ったのだが,みんな町の移動図書館に勝手に寄附したようだ.晩年,移動図書館の車に乗って町を回るのを楽しみにしていた.雨の日も雪の日も車が到着する前から待っているお婆さんの話をしていた.「この前,かりた本はこんなところが面白かった.次はこんなことが知りたい.」.歳を取っても学びたいと思っている人がいることに喜びと生き甲斐を感じていた.だから,私が持っている本を見て,読ませたい人の顔が浮かんだのだと思う.

  • 荒木優太. これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得. 東京書籍, 2016, 256p., (ISBN 978-4-487-80975-2).
  • 吉野裕子. 扇: 性と古代信仰. 人文書院, 1984, 215p., (ISBN 4-409-54011-4).

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