オルテガ

先日,友人がオルテガの『大衆の反逆』を Facebook で紹介していて,面白そうなので早速買ってみた.スペインの哲学はこれまで興味を持ったことがなかったので,オルテガを読むのは今回が初めてなのですが,かなり面白い.出先でも家でも肩を震わせながら読んでいるので,周りから変な眼で見られています.無線や遊びでスペイン語圏の友人たちと話すために,スペイン語の日常会話の勉強を少ししていたのですが,真面目に勉強してオルテガが原著で読みたくなりました.むっちゃ面白い.

「ちくま学芸文庫」版あとがき

このたび、筑摩書房から熱心なお誘いを受け、角川書店の御了解もえられたので、拙訳『大衆の反逆』を「ちくま学芸文庫」に加えていただくことにした。今まで十三版を重ねはしたが、「読んでみたいのだが、どうして書店にないのか」という個人的な問い合わせを受けるようになってから、すでにかなりの年月がたっている。今回の両出版者の御配慮に対して心から感謝申し上げたい。

振り返ってみると、角川書店版が世に出てからすでに三十年近くたっているし、オルテガの原著が出版されてからは六十余年になる。今回、筑摩書房版のために改めて読み直してみたが、『大衆の反逆』がもつ今日的な意義、とくに日本にとっての意義の大きさに今更のように驚嘆したというのが偽らざる心境である。

オルテガが、本書で分析の対象としたのは、一九二〇年代つまり第一次大戦後のヨーロッパ社会であった。そしてわれわれは、間もなくこの二十世紀を終わろうとしている。その後、オルテガが第二部の「世界を支配しているのは誰か」において大衆支配の典型的な例として警鐘を鳴らした主義や運動、たとえばファシズムやスターリン的マルクシズムは次々と挫折していった。またオルテガが、ヨーロッパが選択すべき未来計画として提唱した超国民国家の建設も、ヨーロッパ連合(EU)という形で実現し始めている。

しかし一方においては、オルテガが第一部で今世紀最大の問題として指摘した「大衆の反逆」は地球規模で広がりつつあり、深刻さの度をましている。言うまでもないことだが、オルテガが本書で行なったことは、近代ヨーロッパの大都市の大衆化現象や大都市を席巻する大衆人の特性を分析・解明することだけではなかった。オルテガが目指したのは、彼独自の生の哲学、それに基づく生・理性、歴史理性の理論を駆使して、人類が十九世紀という特異な世紀を通過して到達した二十世紀的人間と社会・国家の特性を分析・予言し、今世紀における人間の生、社会の生が内蔵する危険を指摘することによって、世人に人間としての自覚をうながすことであった。

われわれにとってより深刻なのは、オルテガが警鐘を鳴らす人間と社会の大衆化現象がもっとも顕著に見られるのが、実は今日の日本ではないのかということである。今年は、第二次大戦を壊滅的な敗北で終えてから五十年目にあたる。この半世紀に日本は、誰も予想しえなかった飛躍をとげた。経済・技術面での大国化とそれに伴う驚異的な富裕化、そしてその結果として、封鎖的な島嶼国という長い伝統から一転して国際社会への参入という有史以来の大転換である。

こうしたコペルニクス的転回を可能にしたのは、例外的と言うべき半世紀におよぶ平和の享受と民族的な特質としての勤勉さに負うところが大きい。ヨーロッパが数世紀の蓄積の上に達成した科学・技術文明の利点をそのまま継承し、最大限に活用しえたのもそのためであるには違いない。しかしその間に、人間としての自覚と歴史に対する意識がどのくらい働いていたのだろうか。戦後五十年を夢中で走り通してきた日本は、立ち止まってみると、個人も社会も、オルテガが言う「慢心しきったお坊ちゃん」になりきってしまっているのではなかろうか。その結果は、今日の政治、社会、文化等の諸面、特に精神の面に現れているように思える。

オルテガは、歴史学は文献学ではなく予言の学でもあると言う。今こそ、生の哲学者オルテガが、生・理性と歴史理性の理論に基づき、該博な知識と明晰な分析・推理によって二十世紀人に贈ったこの警世の書で言わんとすることに傾聴すべき時だと思う。

筑摩書房版のために拙訳を読み返し、数ヶ所の誤訳とオルテガの意を伝え切れていない訳文に気づいたので訂正した。また、三十年近く前の、若さゆえに肩肘をはったような文体をすこしは柔らかくする努力もしたが、完全に意をつくせなかったのは残念である。混乱の続く世紀末のこの時期に、装いを新たにした本書の出版を熱心に勧めて下さり、編集の労をとって下さった熊沢敏之氏にこの場をかりて御礼申し上げたい。

一九九五年五月八日 上智大学研究室にて

訳者

オルテガ・イ・ガセット. “「ちくま学芸文庫」版あとがき”. 大衆の反逆. 神吉敬三訳. 筑摩書房, 1995, p.279-282, (ちくま学芸文庫, オ 10-1).
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480082091/

José Ortega y Gasset. La rebelión de las masas y otros ensayos. Alianza editorial, 2014, 448p.
http://www.alianzaeditorial.es/libro.php?id=3308400

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